M&Aの隠れた落とし穴にハマらない為に-リスク回避の調査利用術
2018/03/20
ご存知でしょうか。日本で実行されるM&Aで成功したと認識されているのはたったの36%(*)であることを。経営戦略がM&Aありきになる傾向が強まり、対象企業の素性をよく分からずに、しかも紹介案件でM&Aを進めようとしてしまっている企業が沢山あります。そして自社の事業戦略とのシナジーを十分に生むわけでもなく情緒が介入して、冷静な判断ができていないケースも散見されるようです。
売主側は少しでも高く売りたいので、都合の悪いことは隠します。相手から提出された情報だけで決断をくだすのは極めて危険なのです。
ここではM&Aにおける想定されるリスク(主に買主側の)の抽出をするとともに、予期せぬトラブルに見舞われてしまったケースや、外部機関による調査利用によって隠されたリスクが炙り出された事例をご紹介します。より安全にM&Aの計画を進めていただくための一助にしていただければ幸いです。
(*2013年デロイトトーマツコンサルティング株式会社調べ)
企業買収で注意されるべきリスクは数え切れないほどありますが、その中でも特に留意しないとそのM&Aが失敗に終わりかねないリスクを財務・人事・事業・法務の4大デューデリジェンスの分類毎にご紹介しその事前の回避方法などを解説します。
※デューデリジェンス全般の解説記事はこちらをご参照ください。
【意味、方法から実践まで!出資やM&Aの為のデューデリジェンスとは】
中小企業に散見される簿外債務として引当金があります。まだ支払いが先である賞与や退職金への引当金が帳簿記載から漏れるケースです。税務会計では、実際の支払い義務が発生していない費用なら、損金ではないという考え方で、利益加算して税金を納めて欲しいという立場を取ります。その結果、税務会計で会計処理を行う多くの中小企業で、まだ支払いが先である賞与や、退職金について帳簿への記載漏れのような状態が発生します。
これら引当金については信頼できる会計士が財務デューデリジェンスを行えば必ず指摘されることなので、事前のチェックさえ怠らなければ、後で発覚するようなことは無いでしょう。
年々増加する一方の未払い残業代請求のトラブル。労働基準監督署に駆け込まれてしまうと是正勧告書、指導票等の書類が交付される可能性があり、残業代の不払いが悪質と判断された場合には、労働基準監督官による逮捕・送検がなされるケースがあります。M&A実行後にこのようなことが発覚したとすれば、この簿外債務は買収価格には反映されておらず、残業代金のほかに遅延損害金、付加金が加算され、訴訟費用なども考えると大変高い買い物をさせられる可能性があるのです。
こうしたリスクを避けるためにはM&A準備段階で、従業員の就業環境や労務管理の方法、残業状況などを周到に調査しておく必要があります。
売掛金管理をきちんと行っていない会社は多くはないと思います。
しかし、扱う商品やサービスによっては、品質問題でクレームが付いて代金の回収が滞るとか、納期遅れでクライアントに損害を与えてしまい支払いを拒否されるケースなどが発生する可能性はあります。
買収対象会社が売掛金回収管理をどのように行っているのか、一件一件の未収金に何かいわく因縁がついていないのかはチェックしておくべき重要な項目です。
他社 (他人) の保証人になっているということは、他社が甚大な事故を起こして損害賠償や保障への支払い能力が無ければ、その債務が突然降って沸いてくるということです。また、その会社が不渡りを出し大きな債務を抱えて倒産すれば、その債権者への配当後の残債について保証債務は継続されることになります。誠意ある売り手であれば、提出される財務諸表の注記にこうした簿外債務の説明はなされるのですが、少しでも高く売り抜けようとする経営者であれば、注記にも記載せずシラを切る可能性もあります。仮に全く注記が無いとすれば、簿外債務に相当するような偶発債務が無いのかを確認することは必須の作業です。
外部調査会社を利用して「取引上のトラブルの有無」「訴訟歴の有無」「その他ネガティブ情報の有無」などを調べることで、簿外債務を炙り出すきっかけになることもあります。
法人の場合は、従業員数に関係なく全て社会保険に強制加入です。
以前は雇用保険・労災保険に入れば、残りは国民年金・国民健康保険の加入でも認められていましたが、その名残なのか今も社会保険ではなく国民年金のままで済ませている中小企業は多い模様です。
しかし、現行法では【適用業種で従業員が5人以上の個人事業主】【業種、従業員数に関係なく法人】は「社会保険強制適用事業所」として社会保険の加入が義務化されています。未加入のまま買収を決定してしまうと、最大2年分の追徴金や罰則、損害賠償など大きな負担を背負うことになります。未加入の場合は、買収価格には必ずこの項目に関するファクターを加味しなければなりません。
売主企業が粉飾決算や循環取引などにより業績を偽っていたことがM&A成立後に発覚し損害を被るようなケースは有りうることです。しかし、買主企業側が十分なデューデリジェンスを尽くしたのにも関わらず、相手が巧みな嘘をついて買主企業を騙したといえるような場合にはじめて、買主企業は売主企業に対して、対象企業の粉飾決算に起因して被った損失について補償又は損賠賠償を請求することができる、とした判例があります。買主側の周到なデューデリジェンスや事前調査の実施が立証されなければ、全面的に売主側に否があるとはならないケースもあるのです。
買収が確定して統合プロセスを実行する過程でどんどん人材が流出してしまい、組織崩壊したという事例は枚挙に暇がありません。財務デューデリジェンスは一生懸命に行っても、人事面でのデューデリを怠り、計画的な統合プロセスを踏まずに買収した会社の事業継続そのものも危ぶまれるような危機に陥る。最終的に事業を推進させるのは人材です。この面を疎かにしてはM&Aの成功は無いと言い切ってもいいのではないでしょうか。
M&Aの交渉過程において、例えば
● 「制度の統合はしない」といった口約束をする。
↓
● 買われる側は安堵して契約を進める。
↓
● 契約締結後、手のひらを返したように買主側の人事・給与制度が一方的に導入される。
というようなことが行われれば、売主側企業の社員のモチベーション低下を招き、退職へのきっかけとなることは必定です。企業買収では買主側は上、売主側は下という見られ方がされがちで、売主側は何かあれば被害者意識、敵対的意識で相手を見てしまう傾向が強くなります。こうした人間の心理を勘案すれば、買主側はより周到に人事統合プロセスを計画・実行せねばなりません。
その対策の例を挙げれば
1)どの社員を継続雇用契約の対象としたいかをM&Aプロセスの初期段階には決定
《リストラクチャリングを行うのか、全員雇用継続なのかを含め早く計画する》
2)対象社員に対して継続雇用契約をM&A完了より前には提示する
《引き留め対象者には優遇されているという心理を誘引する》
3)リテンションボーナス(引き留め賞与)を提示する
4)マネージャーやリーダーなど個人的なつながりのある人が引き留めプロセスを実行する
《人間関係はモチベーションの維持には外す事はできないファクター》
このように引き留めるべき人材に対して「早期に」「金銭面の提示」と「人間関係」の両面での対策を検討することが肝要です。
売主側企業の経営層に派閥や敵対関係のあるグループがあるとします。これを知らずにM&Aを進めた場合、買収後に売主側企業は一枚岩にならず、組織分裂の憂き目に遭いかねません。M&Aの契約交渉の場に全く顔を見せない役員がいる、労使関係が円満でないという噂がある、などの情報を得たならば、事前に内情を探り出す調査を実施すべきでしょう。
M&Aの交渉が円満に落着し統合プロセスにスムーズに入れたとしても、M&Aの交渉そのものは水面下で行われるものなので、社員にとって企業合併(統合)は突然降りかかってくるものです。社内規定や人事制度、評価制度もさることながら、明文化されていないローカルルールが突然変えられてしまえば、にわかには受け入れられずに、軋轢が生じたり業務が停滞してしまいかねません。長年の間に培われた企業カルチャーやローカルルールというものは一朝一夕で変えられるものではないのです。統合プロセスにおいては、現場レベルでのそれぞれの会社のローカルルールの背景にある「会社が大事にしていること」を把握して現場の納得を得ながら1本化を目指すことが、大きな問題を生じさせるようなリスクを回避することに繋がるはずです。
統合準備・統合作業が不十分だと会社全体の混乱があらわになり、業務上のミスやシステム障害が発生しやすくなり、これに派生するクレーム増加から顧客離れが生じる可能性が高まります。また、合併相手である買主側企業を嫌気したり、あの会社は危ないのでは…などの噂が流れたり、サプライヤーの集中を避けたりするため、従前からの顧客離れが発生するおそれもあります。こうした顧客離れのリスクはあらかじめ想定していても、相手のあることでありどうしても避けられない側面もあります。企業買収の実行は、ある程度の客離れは折り込み相応の覚悟をして取り組まないと、こんなはずでは無かった…ということになりかねません。
企業買収後の統合プロセスの過程で営業組織が一時的に弱体化したり、活動が鈍ったりすることはありがちです。ここで油断をしていると競合会社からの強力な侵攻を受けかねません。顧客を奪うべく値引き攻勢に出てきたり、根も葉もないネガティブな噂を流布されてしまったりすることも予め想定をして、既存顧客に対しては買収・統合をいち早く告知し挨拶に出向き、不安要素をできる限り取り除く必要があります。この対策が遅れたり誤ったりすると顧客離れが雪崩のように進んでしまうリスクを孕んでいます。
何度も繰り返される営業電話、法律に触れかねない際どい営業トーク、高齢者を狙った強引な訪問販売、高額商品を売り付けるキャッチセールスなどが行われていないかは事前に外部機関などに依頼して調べておくべきでしょう。消費者ホットラインに多数の苦情が寄せられていたり、その強引な手法がインターネットで書き込まれていたりした場合、営業停止の憂き目にあったりしかねません。売主側企業の営業主体がそうした強引な手法であったなら、買わないという選択をしなければならないこともあります。
工場や倉庫・ビルなど不動産を有する企業を対象にした買収 (M&A) をする場合には、工場や工事の現場からの廃棄物が適正に管理されているか、また排水や漏水などによる土壌・地下水の汚染が無いかどうかは必ずチェックする必要があり、これらは環境デューデリジェンスの実施により適正に評価されなければなりません。① 大きな問題の有無を炙り出し② 問題ある場合はその対策費用の評価算定をして、買取価格に反映させます。大手の会計事務所であれば財務・税務デューデリジェンスとともに環境デューデリジェンスを合わせて提供している会社もあります。一方、土壌調査や環境調査などを専門とするコンサルティング会社が環境デューデリジェンスを専門的に提供しているケースも多くあります。
セクシャルハラスメントやパワーハラスメントの問題は、企業の経営陣でも掌握していないケースが数多く見られます。こうしたハラスメント問題を事前に炙り出せずに買収交渉が進み成立してしまった場合、後に明るみに出て法的紛争に発展すると会社の法的責任が問われるだけでなく、会社のレピュテーションにも多大な損害を与えることになり、買収企業の企業価値の著しい低下を招きかねません。具体的な問題の炙り出しが難しいとしても、企業がハラスメントを含む従業員の人権問題にいかに取り組んでいるかを労務・人事デューデリジェンスを通じて評価する必要はあるのではないでしょうか。
買い取ろうとしている企業が著作権・特許権・商標権・財産権などの侵害を抱えていた場合、権利者から訴えられ裁判となり、その事業の継続が危うくなる可能性があります。このケースで売主へ損害賠償の請求ができるかどうかは、まず前提として売主との関係で、「売主側が第三者の権利を侵害していないこと」を表明保証していることが必要となりますから、まず株式譲渡契約書にこの表明保証条項を盛り込んでおく必要があります。しかし、売主の表明保証を取っていても、デューデリジェンスにおいて漫然と注意を怠りこうした権利侵害の瑕疵を見つけられなかった場合は売主への責任を問えないとした判例もあります。
■ M&Aプロセス
ECサイト運営企業G社はインターネット上のマッチングサイト企業N社とのシナジー効果を期待して、N社への100%出資を実行し傘下に収めました。この買収に際しては考えられる事前のデューデリジェンス (ビジネス・財務・法務・人事・税務・IT) を十分に行いリスクヘッジをしての出資でした。そして事業が軌道に乗ってきたかに見えた1年後にその問題は突然発生しました。
■ 炙り出された問題
この事例の場合は「炙り出された」というよりは「突発した」問題ですが、N社の主要取引先だったH社がN社に対して突然に損害賠償請求の民事訴訟を提起したのです。これは親会社であるG社にとってはまったくの寝耳に水の問題でした。訴状と内部ヒアリング調査により分かったことは、N社の営業部長B氏は以前H社に在籍していてH社営業管理部長S氏の部下でした。そして、S氏とB氏が結託して、N社のサービスに対する架空発注をしてH社からの支払い代金をS氏B氏で山分けしていたというものでした。これが買収の前から3年に渡って継続されていたため、その金額は5千万円を超えるものになっていました。
■ その後の顛末
この事件には提訴したH社のS氏が首謀者として絡んでいるため、事件を世間に晒したくないH社としてはあくまでも払った対価に対するサービスが提供されなかったことに対する損害賠償請求という民事の形を取ったとみられています。いずれにしてもG社は大きな金額が伴う係争を背負い込んでしまったという意味では、このM&Aが成功だったとは言いがたい状況です。
■ リスク回避はできなかったのか?
H社S氏が架空発注したエビデンスはN社には全く残らないスキームなので、G社がどんなに注意深くデューデリジェンスを行っていても、こうしたリスクは避けようが無かったと思料されます。
■ M&Aプロセス
老舗食品メーカー同士のM&Aで、平成20年にA社がK食品を傘下に収めゆっくりと統合準備が進められ、5年後の平成25年両社が合併しAK食品として統合されました。この際に旧K食品の代表取締役だったS氏に対して新生AK食品の常務取締役への事実上降格の人事がなされたのです。
■ 炙り出された問題
この合併は事実上A社によるK食品の吸収合併であったため、旧K食品側の経営陣や幹部には微妙な緊張感と倦怠感が漂っていました。そうした空気の中、常務取締役S氏が健康上の理由での退職を願い出てきます。旧A社の代表はこの退職願いに疑念を抱き、外部調査機関を使ってS氏の周辺を徹底的に調べることにしました。
● PCのフォレンジック調査:
外部の出資先・提携先への新規事業の説明資料が発見され、旧K食品の事業を新会社で展開する計画が発覚。
● S氏の行動監視(尾行調査):
S氏の他、旧K食品管理部長や開発責任者などが業務時間外の夜間に外の会議室で会合を開いていたことが発覚。また、日本政策金融公庫への出入りを確認。さらには新会社と思しき事務所への関係者の出入りも確認されました。
■ その後の顛末
結局、調査の結果をもって何らかの処分を科すのはリスクが高いとの判断から、S氏の退職の申し出は受け入れられました。まもなく、S氏の取り巻きの管理職・スタッフ数人が後を追うように辞めていきました。その後、S氏を代表とする新会社が設立されたことが確認されています。
■ リスク回避はできなかったのか?
このケースではA社が出資してK食品を傘下に収めてから、合併統合までに5年という時間を要したことで、M&Aへの反発分子の増殖を進めさせ離脱の準備のための時間を与えてしまったことが問題発生の要因となったとみられます。
■ M&Aプロセス
学生向けサービス提供のO社は事業のシナジーを期待して急成長のシェアハウス事業のS社を買収しました。このシェアハウス事業は、30年定額家賃保証などと謳い個人投資家に建築費用を借り入れしてもらいシェアハウス用集合住宅を新築しサブリース契約で運営するスキームです。平成29年8月に出資が実行され、O社はS社の親会社となりました。
■ 突然発表された問題
ところが、同年10月にいきなりオーナーへの賃料減額が通知され、翌年1月には賃料支払いの停止が発表されました。これは事実上の経営破綻といえるような状況とみられます。入居率に関わらず固定の賃料が毎月支払われることを前提に銀行からの融資を受けていたオーナーにしてみれば、これは青天の霹靂で自己破産も考えなければならないような死活問題です。
■ その後の顛末
O社は買収前からの代表者を辞任させO社の代表取締役自らS社の代表取締役に就任、外部調査委員会を設立し問題の解明をすると発表しました。また、新会社をつくって借り上げ契約を引き継ぐ方針だが、約束する賃料は「(以前より)確実に下がる」と話しています。
■ リスクは回避できなかったのか?
そもそも新しくシェアハウスを建築することによって得られる利益を賃料に当てるという自転車操業のビジネスだったことは、O社が出資をした半年前頃にはインターネットなどで噂されていました。
O社が本気の財務デューデリを実施して厳格に査定していれば、この状況は見抜くことができ買収を踏みとどまれたのではないか?という疑問が残ります。O社代表取締役は記者会見では被害者のような顔をしていましたが、実際のところはどうだったのか。今後の成り行きが気になります。
■ M&Aプロセス
洋食系飲食店を多店舗展開するY社は、事業多角化を企図して居酒屋チェーン中堅のF社への投資を検討していました。Y社は和食系居酒屋経営の経験がなく知見も浅かったことから、事業デューデリジェンスの一環で同業他社からどのように見られているのかを探るべく調査を実施しました。
■ 炙り出された問題
そこで得られた競合会社からのF社への評価・評判は今ひとつ芳しくないものでした。
● 飲食以外への多角化が遅れており、飲食分野でもこれまでの成功体験に縛られて業態の多角化が進んでいない。いずれ値下げ競争の渦に巻き込まれるのではないか。
● 噂だが食中毒の事故を起こしたが内々で金で処理し隠蔽したらしい。
● 品質を落としてでも仕入れコストを抑える方針らしく食材の多くは東南アジア産らしい。
● 仕入先に対する値下げ要求が強烈で業界内でも評判が悪い。
● ワンマン経営で社員アルバイトの就労環境は悪く、時間外労働や残業代がらみでの内部告発があると聞く。
など多くのネガティブ情報が得られました。
■ その後の顛末
これらの情報は買収金額の交渉に生かされて、より低く抑えられた額での契約に漕ぎ着けることができました。
■ M&Aプロセス
ネット通販ベンチャーであったZ社に、同業でここ数年で急拡大しているC社から資本提携の話が持ち込まれました。事業規模から見てC社によるZ社の事実上の吸収合併の申し入れです。提案内容としては悪い話ではなかったのですが、Z社の代表者には気になる点が一つあり、話のテーブルに乗る前に外部調査機関を使って調査をすることにしました。その調査項目はC社の代表者M氏の人物像に関するものでした。
■ 炙り出された問題
気になった点というのは、C社代表のM氏の経歴がぼやけていることと、以前本人が逮捕されたことがあるとの噂があることでした。大学名は伏せられ、インターネットで検索してもヒットしない企業の経営実績が並べられていたのです。報告された調査レポートによると、本人は10代の時代から不良グループに入り、高校には進学せず傷害事件で少年院に収監されていた事実も判明。経歴に書かれていた企業は実在したものの、事業の実績らしきものは残せず休眠状態を経て解散。肉親の経営するC社に拾われる形で入社し現在の代表取締役の座に付いていたのでした。これは事実上の傀儡社長だということです。
■ その後の顛末
Z社としてはC社の代表者の経歴がここまで嘘で塗り固められている事実を知り衝撃を受けました。
提案されたM&Aを進めれば交渉のテーブルでは分からない嘘が沢山潜んでいるのではないかという猜疑心が生まれてしまい、この話には乗らない結論を出したのです。
■ M&Aプロセス
有料老人ホーム経営の上場会社L社は事業拡大を目的に、やはり福祉施設経営の中堅企業W社を買収する計画を立てました。W社は競合との従業員の奪い合いで苦戦し人手不足による苦しい状況だったため、このM&Aの申し出には「渡りに船」とばかりに乗り気になりました。デューデリジェンスのための情報開示や調査も進みかけた中で、L社の代表者にW社代表のD氏に関する良からぬ噂が舞い込んだのです。それはD氏の私生活での過度な夜の遊興に関わる内容でした。
■ 炙り出された問題
そこでL社は、D氏の日頃の生活ぶりを確認するためにある1週間の行動を逐一監視することにしたのです。D氏は48歳、妻と2人の子供のある人物で、自分で起こした福祉施設をコツコツと拡大して現在のW社に育て上げたオーナー社長です。M&A交渉の場で見るD氏は少々神経質で真面目そうな紳士で、派手さや遊び人のような雰囲気は感じられませんでした。ところがいざ監視を始めてみると、7日間のうち平日の夜はすべて家にはまっすぐ帰らず夜のネオン街に通いつめるのです。W社の本社を出るのは決まって18時~19時頃、顧客の接待でも誰か部下を伴うわけでもなく、一人で歌舞伎町のフィリピンパブや池袋のキャバクラなどをハシゴしている実態が判明。日付けを超える深夜の退店の際は女性を伴って出てきてホテルに入店する日もある始末でした。
■ その後の顛末
社会福祉を正業とする福祉施設事業において、代表者の夜のご乱行が世間に流布してしまう様なことになったら、ブランドイメージに著しくダメージを与えることになります。仮にD氏には買収後の経営からは退場してもらったとしても、M&Aをきっかけにマスコミの標的になってD氏の過去の生活ぶりが記事にでもなれば、買収するW社の信用失墜にも繋がりかねず、このリスクは看過できないとの判断から買収計画は中止されたのです。
■ M&Aプロセス
ノンバンク系列投資会社L社にIT系ベンチャー企業R社への出資の話が持ち込まれました。この持ち込み話の柱となるのはR社が開発したセキュリティソフトにあります。ある解析技術と合わせてシステム構築することで、様々な販路開拓が期待できるということで売り込んできたのでした。ビジネスデューデリジェンス、財務デューデリジェンス、法務デューデリジェンスを実施しこの事業に一定の価値を見出せたため出資の交渉を進めようとしたところ、A社のセキュリティー事業に詳しい社外取締役からイヤな噂を聞かされることになったのです。
■ 炙り出された問題
R社は新しいセキュリティソフトをリリースするまで、従来のセキュリティソフトをCD-ROMにパッケージして個人商店やサロンなどインターネットやパソコンにあまり詳しくないユーザーに大量に売りさばいていたらしく、購入者からの苦情の書き込みが散見されていたのです。そこでR社の設立からの過去の事業での販売先での風評やクレームなどネガティブな情報が無いかの調査を実施しました。この調査で報告されたのは、① セキュリティソフトのパッケージが粗悪なもので、次々に作り出される新しいウィルスに対するアップデートがなされないものだった。② 個人商店やサロンなどITスキルの低い経営者を対象にして口八丁手八丁で売り込み半ば強引に契約の判を押させていた。③ リース契約により販売され解約や返品が利かないスキームで販売されていた。といった内容で、今後の成り行きによっては大きな出費をともなうトラブルに発展する可能性のあるものでした。
■ その後の顛末
報告されたネガティブ情報は、出資後に顕在化する可能性のあるリスクとしてR社にも問い質され、出資額の査定に反映された上で交渉が進められました。事前の調査で想定外のリスクを炙り出し高値掴みを回避できた好例と言えるでしょう。
時代は「猫も杓子もM&A戦略」という空気になっている感はあるものの、表題にもありますように実行される企業買収の40%弱しか成功していないという現実もあります。成功・失敗には様々な要因がある中で、一番のファクターはリスクヘッジのための調査を尽くしていたかということです。財務・人事・事業・法務その他の各デューデリジェンスを実施し、それでも不安があれば、その不安を払拭すべく外部の調査機関を駆使しネガティブ情報を掘り起こす。それでも上記事例のような落とし穴が待ち受けていたりします。
企業買収 (M&A) は徹底的にデューデリジェンスを実施し尽くして、その上でさらに「石橋を叩いて渡る」べくトラブル・ネガティブを搾り出すくらいに取り組めば、その成功確率は7割にも8割にも上昇させることができるのではないでしょうか。
M&Aでのネガティブ情報抽出ならトクチョーへ
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