非弁行為の事件に巻き込まれない為のビジネスマン向け基礎講座
2021/06/15
最近「非弁行為でネット記事削除交渉の業者を摘発」とか「破産した法律事務所が非弁業者から業務の斡旋」などのニュースが時々報道されたり話題になったりしますが、非弁行為とは具体的にどのようなことで、なぜ違法なのかを説明できる人は少ないかもしれません。日々の営みの中で知らず知らずのうちに違法行為である非弁行為に加担してしまったり、悪質な非弁業者に依頼して費用の取られ損をしたりしないようにしたいものです。本記事では、非弁行為とは何なのか?非弁業者には具体的にどのようなケースがあるのか?非弁行為に関わらないためにはどうしたらよいか?などを解説します。
目次
非弁行為を違法とする弁護士法72条の条文です。
『弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。
ただし、この法律又は他の法律に定めがある場合はこの限りでない。』
ごく簡単に言えば、弁護士でない人が報酬を得る目的で、法的な紛争 (法律事件) に関して、他人と交渉をしたり法律相談に応じたりすること (法律事務) を業とすることはできない、ということです。
これに対する違反については、2年以下の懲役又は300万円以下の罰金という重い罰則があります。(弁護士法77条3号)
本章では条文の専門用語をかみ砕いて説明しながら「非弁行為とは何かを」解説していきます。
「具体的な法律事件に関して、法律事務取扱いのための主として精神的労力に対する対価をいい、現金に限らず、物品や供応を受けることも含まれる。また、額の多少や名称のいかんも問わない。」と解釈されています。報酬については名目いかんを問わず実質で判断されることが重要であり、自発的な謝礼への期待でも報酬を得る目的があるとされています。そして、その目的さえあれば、実際に報酬を得なくてもこの法律の要件となります。
非弁行為の要件として「法的な紛争 (法律事件) に関して他人と交渉したり法律相談に応じたりすること (法律事務)」の部分が最も重要なファクターとなります。
●訴訟事件:
貸金請求事件や交通事故などの損害賠償事件などに代表されるもので、原告の訴状と証拠を基に裁判所が事実認定を行い、そのような事実があると認定された場合その事実に法律を適用し、その効果を認める判決が示される民事裁判のこと。
●非訟事件:
通常の訴訟手続きに則らないで、裁判所が後見的立場で「決定」することにより、物事の処理をする事件類型のこと。養育費や親権争いなど、照らすべき法律が無く事実認定が白黒はっきりつけられない争いなどの解決を裁判所が行うもの。
●審査請求:
行政庁の処分または不作為について、権限のある別の行政庁に対して不服を申し立てること。
●再調査の請求:
行政処分に対する不服申し立てのため再度の調査を行政庁に対して請求する事
●再審査請求:
審査請求を行い、その裁決にも不服がある場合に行うもの
●その他一般:
法人間、法人対個人、個人間などで生じる契約交渉や権利侵害等のトラブル解決など、法律上の権利義務に関し争いがあり、疑義があり、又は新たな権利義務関係を発生させる事件全般のことを対象とすると解釈されています。
●鑑定:
専門的な知識を持つ者(専門家)が、科学的、統計学的、感覚的な分析に基づいて行う、評価・判断。(筆跡鑑定、血液鑑定、DNA型鑑定、親子鑑定、精神鑑定など)
●代理:
訴訟手続において、訴訟代理権を有し、本人のために訴訟追行をすること
●仲裁:
紛争中の当事者の合意に基づいて、第三者の判断によって紛争を解決すること
●和解:
当事者間に存在する法律関係の争いについて、当事者が互いに譲歩し、争いを止める合意すること
●周旋:
売買や交渉、話し合いの場面で当事者の間に入って仲をとりもち、仲立ちをすることや斡旋すること
●業とする:
反復的継続性の意思を持って法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるに至った場合のこと
弁護士法72条の条文末に「この法律又は他の法律に定めがある場合はこの限りでない」とあり、除外事由としては,以下のようなものがあります。
1)弁理士は、弁理士法6条の場合と特定侵害訴訟についての訴訟代理権をもつ。(弁理士法6条の2)
2)司法書士は、簡易裁判所において請求額が140万円を超えない範囲の民事訴訟等の代理権をもつ。
(司法書士法3条1項6号)
3)税理士は、租税に関する事項について補佐人として裁判所において陳述をすることができる。
4)行政書士は、行政庁に対する審査請求、異議申立て、再審査請求等の不服申立て手続の代理権が与えられる。(行政書士法1条の3/2014年6月行政書士法が改正)
5)債権回収会社 (サービサー) は、法務大臣による厳格な規制のもと,債権の回収業務を行うことができる。(債権管理回収業に関する特別措置法1条,11条1項)
たとえば、弁護士ではない事件屋のような者が他人の法律事務に介入すると、法律秩序が乱され、国民の公正な法律生活が侵害され、国民の権利や利益が損なわれることになります。
法律事務については、専門的知識と、弁護士以外の第三者による公正・慎重な懲戒制度を有する弁護士のみが行うことによって、法秩序を維持するという国民全体の公益を守ることができるからです。
私たちのビジネスや生活は、法律によって守られ、法律によって権利の主張ができ、法律によって制限されたりします。そうした日々の営みの中で法律事件に遭遇し法律事務を進めなければならない時が生じます。その時、目の前に簡単に比較的安価に「面倒くさい法律事務を肩代わりしますよ」というサービスがあったら、それを実行するのが弁護士かどうかなど考えることなく飛びついてしまうかもしれません。そして気が付くと非弁行為の事件に片足を突っ込んでしまう恐れが生じてしまいます。本章では私たちが日常で遭遇する可能性のある非弁行為の具体例を紹介してまいります。
2018年頃から俄かに勃興している「退職代行サービス」。昨今、慢性的な人手不足の影響から、退職の意思表示をした労働者に対して執拗な引き留めや脅し・嫌がらせにより退職を撤回させるケースが増えていて、通常、労働者に保証されているはずの退職の自由が行使できない人が多くいます。退職代行サービスは、会社との退職交渉を避けたい人々のニーズに応えてサービスを提供しているわけですが、「退職」は会社と労働者の雇用契約の解除にまつわる法律事務に該当するため、弁護士でない人が報酬を得てそのサービスを提供しているとすれば、それは非弁行為です。単に退職の意思を会社に伝えるだけならば違法行為にはなりませんが、それでは対価を得て提供するサービスとは程遠く、利用したが退職できずに料金の払い損というような被害が発生してしまっています。
2017年2月、ネット上の記事削除を業者が請け負う契約は弁護士法に違反するとして、関西に住む男性が東京都内のネットサービス会社に支払った報酬約50万円の返還などを求めた訴訟の判決が東京地裁でありました。「弁護士ではない被告が報酬目的で法律事務を扱う契約にあたる」として、記事削除交渉が同法違反(非弁行為)とする初めての判決となったのです。
ネットに掲出された記事や書き込みを削除するということは、憲法に明文化されている国民の基本的人権の一つ「表現の自由」に制限を加えることになります。削除をしてもらうためにはその記事により削除請求者への権利侵害が発生していることを法律によって根拠を示し説明する必要があります。この交渉と手続きは高度な法律に関する専門性が要求される法律事務とされています。記事削除は適法だと虚言を流布し高額な報酬を得ているネット業者があればそれは悪徳業者です。
消費者金融やクレジットでの借入が嵩んだり多重債務に陥ったりした人に対して「債務整理請負い」を宣伝する弁護士事務所が多く存在します。債務整理の交渉を債務者に代わって行うことは、賃貸借契約における紛争解決の行為ですから法律事務となります。法律事務所所属の弁護士が債務整理を請負い実行することは問題ありませんが、現実には事務所と提携する民間業者に弁護士の名義を貸して交渉を委託しているケースが横行しており社会問題化しています。こうした非弁行為をさせることを前提とした業者との提携を「非弁提携」といい、これも弁護士法(27条)で禁止されています。債務者にとって厄介なのは法律事務所が窓口になっているため、その裏で非弁行為が行われていることを容易には見破れないことです。
【コラム】禁止されているはずの非弁提携の実情
弁護士法27条で禁止される非弁提携とは、主に以下の3つの行為を指します。
1) 名前や判子だけを貸し出して事件処理を非弁護士に丸投げする
2) 弁護士報酬を非弁の者と山分けにする
3) 業務を斡旋してくれた者に紹介料を支払う
しかし、現実は非弁提携で摘発され懲戒処分になる法律事務所が後を絶ちません。
2018年12月に起訴された「あゆみ共同法律事務所」はネットで法律相談を受ける非弁業者に弁護士名義を貸して報酬を得ていました。また、2020年6月多額の負債で破産をした「東京ミネルヴァ法律事務所」も広告代理店との非弁提携を疑われています。
この状況の背景には近年の弁護士の増加傾向と事件数の減少により、登録5年未満の弁護士の平均所得は500万円を切るという厳しい経済事情があると言われています。弁護士資格を利用しグレーな商売をしようとする非弁業者が、独立間もない経営の苦しい法律事務所を狙い撃ちして言葉巧みに非弁提携を持ち掛けるケースが横行しているようです。
2008年3月、大阪の建設・不動産会社「光誉実業」の社長らが弁護士法違反で逮捕されました。これは東京のオフィスビル (秀和紀尾井町TBRビル) の入居者への立ち退き交渉を、弁護士資格が無いにも関わらず多額の報酬を得て行っていたという非弁行為が摘発されたものでした。ビルの所有者だった東証2部上場のスルガコーポレーションが光誉実業に弁護士資格が無いことを知りながら立ち退き交渉を依頼。しかも光誉実業は暴力団「山口組」との深いつながりがあるとされて、スルガコーポレーションの信用とともに株価は急落し瞬く間に上場廃止、そして倒産に追い込まれました。
狭小地をまとめて大規模開発を進めるための地主との交渉や、建て替えのための賃借人との立ち退き交渉は弁護士が行うべき法律事務とされていますが、建設ラッシュや不動産バブルの時代には反社会的勢力が地上げ屋として業界にはびこり非弁行為が横行していたと言われています。しかし、前述のスルガコーポレーションの事件を契機にあからさまな脅しや恐喝、いやがらせなどの行為を伴う立ち退き交渉は下火になったようです。
不動産管理会社の広範な業務の中には賃料の取り立て、催促などが含まれています。賃借人に支払いの意思があり、不払いの場合でも振り込みや口座への入金忘れといった状況での取り立て・催促であれば問題になりません。ところが、賃借人が意図的に不払いを決め込んだり、未払い賃料の金額に関する交渉が発生したりする場合、不動産管理会社が単独で督促や交渉に当たってしまうと非弁行為とみなされます。管理会社が賃料の回収率を上げようと躍起になり一線を越えてしまうと、不動産オーナーまで違法行為の片棒を担がされかねません。一連の流れの業務の中で、ある線を越えると非弁行為になるというのは当事者にしてみると非常に厄介なことではありますが、オーナーも管理会社も注意を払う必要があります。
下記は2011年12月の朝日新聞の記事です。
『賃貸住宅の敷金返還をめぐるトラブルが増えるなか、家主との返還交渉を弁護士以外の業者が請け負うケースが増えている。名古屋市内の業者がインターネットで客を募り、報酬を受け取っていたとして、名古屋地検特捜部は弁護士法違反(非弁活動)の疑いで捜査している。
この業者のホームページ(HP)には、「敷金・保証金問題にお悩みの方のトータルサポート」「成功報酬のみ」などの文句が並ぶ。家主側から修繕費として19万3千円を請求され、交渉の結果、5万4千円で和解したなどと、実績を宣伝していた。事務所は名古屋市中区のオフィスビル内にあると記していた。しかし、関係者によると、実績には虚偽の内容が含まれ、事務所を置かずに携帯電話で営業していたという。』
敷金返還に関する全ての業務が非弁行為となるわけではなく、現状確認とか原状回復費用の見積もりといった業務までであれば法律事務とはならず合法です。しかし、敷金返還額をめぐって大家と入居者とに見解の不一致がある、あるいは敷引特約の効力をめぐって争いがあり、その解決のために交渉を弁護士でない業者や個人が有償で請負えばこれは非弁行為となります。
相続の業務にはさまざまな士業の人が関与する可能性があります。
行政書士は遺産分割協議書の作成業務、司法書士は相続不動産登記の名義変更、税理士は相続税の申告や調査などの仕事を行います。そして、遺産分割の交渉や折衝は弁護士の業務です。行政書士、司法書士、税理士が法律で定められた業務の範囲を超えて、遺産分割の交渉や折衝をしてしまえばそれは非弁行為となります。
このことに関して少し古いですが1993年に東京高裁での判例がありますのでご紹介します。
行政書士がその業務の範囲内としてなした相続財産、相続人の調査、相続分なきことの証明書や遺産分割協議書等の書類の作成並びに右各書類の内容に ついて他の相続人に説明することについては、行政書士法1条に規定する「権利義務又は事実証明に関する書類」の作成に当たるから行政書士の業務の範囲内である。
しかし、遺産分割につき紛争が生じ争訟性を帯びてきた場合に、依頼者のために他の相続人と折衝を行ったのは、弁護士法72条1項に定める「法律事務」にあたり、非弁活動であるから、遺産分割の折衝に関する報酬請求権は認められない。
ご紹介した非弁行為の具体例は全てを網羅しているわけではありませんが、意外にも私たちのビジネスや生活の身近に潜んでいることが分かります。では、私たちはこうした違法行為に加担してしまったり、被害を被ったりしないためにはどうしたら良いのでしょうか?
●交渉等を依頼する立場から
法治国家で暮らす私たちの対外的行為は大半が契約で成り立っています。売買も、雇用も、提携も、業務委託も、秘密保持も…。この契約の中で不履行や解除、減額、不払いなどの争いを生じたとき、その交渉を代行するのは基本的に弁護士だと認識しておきましょう。前述したような「退職代行」や「記事削除交渉」「敷金返還交渉」などを弁護士・法律事務所でない民間企業がインターネットなどで宣伝していたら非弁行為の可能性があります。
●業務を代行する立場から
自身の業務の中で顧客に代わって管理や集金など代行しているビジネスマン(特に不動産管理業や各種士業の)は所属する組織の中で、超えてはいけない一線はどこに引かれるのかを明確にして共有することが肝要です。そこが不明瞭なままに「顧客の為に」と業務を強引に推進すると非弁行為を犯してしまう可能性が高まります。
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