【図解で丸分かり】社員の解雇・退職プロセスと派生リスクを理解する
2018/08/17
厚生労働省の平成28年度雇用動向調査によると平成28年の1年間で一般労働者の離職者数は418万人で、1日平均1万1,465人が離職している計算になります。この中には正社員の解雇や退職、契約社員の期間満了などが含まれますが毎日1万人を超える数の退職手続きが取られていることになります。
解雇や退職のプロセスには様々な法律によって制約されていることがあります。また、手続きを誤ると訴訟になりかねないセンシティブな項目があったりもします。一方で、昨今頻発している顧客情報流出や機密情報の漏洩などの事件には社員の退職のタイミングで発生した事案も多数報道されています。
一人の退職者を出した事がきっかけで社員の大量流出を招いてしまうような事例も報告されています。
本記事では通常の解雇・退職のプロセスを図解で網羅的に解説するとともに、社員の解雇・退職の裏側に潜むリスクへの対策をお伝えして人事労務管理の業務の一助にしていただければと思います。
目次
解雇も退職も労働契約解除という労務管理上のアクションのひとつですが、全体を俯瞰するような機会は意外と少ないかもしれません。はじめに解雇と退職の体系を把握していただくために下の図をご覧いただきます。日頃あまり目にしたり使ったりしない言葉として「自然退職」という分類があります。これはあらかじめ決められたその時が来る、またはその状態になったら自動的に退職となるという概念です。この自然退職については、会社・労働者いずれの意思による退職でもありませんので退職届は不要ですし、会社都合ということにもなりません。加えて、仮に退職通知書が無くとも退職は成立します。他の解雇や退職とはその性格が異なり、手続きも簡便なものになりますので、本記事では解説を省略させていただきます。
では、次の章から解雇・退職の種類とプロセスを解説してまいります。
懲戒解雇を除き、就業規則に明記された要件について労働者側に改善の余地がないほどの責任がある場合に認められる解雇のことです。労働者側に責任があることが客観的に証明できるごく限られたケースでしか認められません。解雇回避努力、解雇予告などのプロセスを経る事を求められ、こうした施策が不十分である場合は、後に提訴されて不当解雇とされてしまうリスクを伴います。不当解雇とされてしまった場合は、解雇日まで遡って給与の支払いを命じられたり、復職または和解金の支払いが発生するなど大きな負荷を強いられることになります。
こちらも就業規則に懲戒解雇の要件が明記されていることが前提となり、「長期の無断欠勤」「会社の金品の横領」「職務・会計上の不正」「重大な過失による業務妨害」「重大な犯罪行為」などを理由とする解雇を指します。懲戒解雇の場合は労働基準監督署からの解雇予告の除外認定により即時解雇となります。また退職金の支払いもされないのが一般的です。
使用者が、不況や経営不振などの理由により、解雇せざるを得ない場合に人員削減のために行う解雇のことを整理解雇といいます。分類としては普通解雇に属しますが、その目的が経営不振の打開策としての人員整理に限られるため区別して呼ばれます。整理解雇には以下の4つの要件が求められます。
① 人員整理の必要性
人員整理のための解雇を実行するためには、相当の経営上の必要性が認められなければなりません。
一般的に、企業の維持存続が危うい程度に差し迫った必要性が認められる場合は、もちろんですが、そのような状態に至らないまでも、企業が客観的に高度の経営危機下にある場合、人員整理の必要性は認められる傾向にあります。
② 解雇回避努力義務の履行
期間の定めのない雇用契約においては、解雇は最後の選択手段であることを要求されます。役員報酬の削減、新規採用の抑制、希望退職者の募集、配置転換、出向等によって、整理解雇を回避するための相当の経営努力がなされ、整理解雇に着手することがやむを得ないと判断される必要があります。
③ 被解雇者選定の合理性
恣意的な人員選定は認められず、客観的で合理的な基準に基づいて、公正に人選がなされる必要があります。
④ 解雇手続の妥当性
使用者は、労働組合又は労働者に対して整理解雇の必要性やその具体的内容(時期、規模、方法等)について十分に説明をし、これらの者と誠意をもって協議・交渉を行わなければなりません。
このような手続を全く踏まず、抜き打ち的に整理解雇を実施することは認められません。
解雇を有効なものとして成立させるためには以下の5つの要件を満たさなければなりません。
① 法律で解雇が禁止されている事項に該当しないこと
② 解雇予告を行うこと
③ 就業規則の解雇事由に該当すること
④ 解雇に正当な理由があること
⑤ 解雇の手順を守ること
これらの要件を満たすためのプロセスと手続きを図にまとめてみました。
懲戒解雇の場合、例外的に労働基準監督署から「解雇予告除外認定」を受ける事で解雇予告無しに解雇する事ができます。認定されるためには以下の基準のうちどれかに該当していることが適用の条件になります。
● 会社内にて窃盗・横領・傷害などの行為が確認されたとき
● 賭博など社内風紀・規律を著しく乱し、ほかの従業員へ悪影響を及ぼしたとき
● 採用条件にもなった経歴を詐称していたとき
● 他の事業へ転職したとき
● 正当な理由なく無断欠勤を2週間以上繰り返し、出勤の要請にも応じないとき
● 欠勤や遅刻が多く、注意されても改めないとき
また、天災事変その他やむを得ない理由があって事業を継続できなくなったときにもこの制度は適用されます。
解雇予告無しに懲戒解雇をされるということは、就労者にとってはもっとも不利な労働契約解除のケースとなります。このため、労働基準監督署は認定に対して慎重で、社員への事情聴取で本人が解雇要件を認めるなどの条件が完全に揃わないと認定しない場合が多くあります。また、解雇予告除外認定は指定された書類を揃え申請してから認定までに2週間程度は要します。社員による問題が発覚して即日解雇をするには解雇予告除外認定を待っていることはできません。こうした事情から、認定を待たずに懲戒解雇を言い渡すケースが多くあります。
以下の5つの分類で定義されています。
①定年退職 ②契約期間満了 ③休職期間満了 ④本人死亡 ⑤役員就任
1章でも書きましたが、この記事では「自然退職」についての詳細の説明は省略します。
労働者側の都合・理由により、労働者側から申し出することにより退職することを指し、「退職願」「退職届」などの提出により雇用を終了します。
自己都合退職の場合、失業保険の給付について制限があり、ハローワークに離職票を提出後、待機期間7日+3カ月を経るまで失業給付金を受け取る事ができません。
会社側の原因・理由により会社・労働者双方の合意の上に雇用契約を終了することをさします。その理由としては経営不振やリストラ、倒産などが挙げられます。リストラなど人員整理を目的とした勧奨退職・早期優遇退職も最終的には会社都合退職として扱われます。退職金において予告手当てを加算するなど優遇されます。失業給付については待機期間7日間+約1カ月後に第1回目の支給を受け取ることができ、支給期間についても最長330日間と自己都合の場合の最長150日間に対して約2倍の期間の給付が受けられます。
「特定の社員に退職を促す」ことを退職勧奨と言い、この施策により雇用契約を終了することをさします。一般的には人員整理やリストラを目的とし、優遇した退職条件を提示し退職を勧めますが、退職するかしないかはあくまでも「本人の自由な意思による」ことが前提となります。このプロセスを一歩間違うと退職強要と捉えられ、社員側から慰謝料を請求されたり、不法行為として損害賠償請求の対象となるなどのリスクを孕みます。
※勧奨対象者の選定において、以下のようなケースは違法とされますので注意が必要です。
・女性だけ(男性だけ)を退職勧奨とすること(男女雇用機会均等法違反)
・産前産後休業を取得したことを理由とし、退職勧奨をすること(男女雇用機会均等法違反)
・育児休業を取得したことを理由とし、退職勧奨をすること(育児・介護休業法違反)
・労働組合員であることを理由に退職勧奨をすること(労働組合法違反)
・労働組合での正当な活動を理由に退職勧奨をすること(労働組合法違反)
※退職勧奨のプロセスと注意点
経営不振解消のための人員削減を目的として、主には定年前のベテラン社員を対象とし優遇された退職金支給の条件を提示し、対象者自ら手を挙げてもらい雇用契約を終了させることをさします。
最近では定年前に限らず幅広い年齢層に対して募集するケースも見受けられますが、対象範囲の設定、優遇条件設定、告知の仕方など細部に注意を払わないと、本来辞めて欲しくない人が応募してしまうリスクも伴います。
※早期優遇退職募集のプロセスと注意点
自己都合による円満退職であれば問題が生じる可能性は低いでしょう。
しかし、労使関係における軋轢、所属長との確執、社員の悪意ある敵対行為、ハラスメントがらみなど、その退職の原因がネガティブなものであった場合、下図にあるように離職のプロセスによって様々な派生リスクが生じる可能性があります。
● 情報漏えい:
このリスクは社員の入社の時点から生じる可能性がありますが、社員が退職を決意したり余儀なくされたりした時にはその可能性は急激に高まります。“情報”と一言でいっても様々な種類の情報があります。社員の部署や役職、そして退職の動機によってそのタイミングや内容は異なってきます。悪意ある外部の人物からの依頼、ライバル会社への機密情報の売り込み、退職勧奨への報復、深い意図はないものの転籍の挨拶を送るための顧客情報持ち出しなどが想定されます。漏えいのリスクがある情報は下記の4つに大別されます。
①顧客情報 ②労務関連情報 ③技術情報 ④経営関連情報
● インターネット等 風評被害:
退職した社員が会社のネガティブ情報を5ちゃんねるや転職サイトに書き込むケースはよく見られます。人材採用の応募者数に影響したり、内定候補者の辞退を招いてしまったりするリスクが生じます。また、もっと直接的な攻撃として取引先や会社に怪文書を送りつけられることで、取引先からの不信を買ったり社内が混乱したりするトラブルもよく報告されます。
● 社員引き抜き:
退職 ⇒ 独立・起業のケースでよく見られるリスクです。これまでと同じ事業で会社を起こすとなれば、同業で経験している部下を引抜くことは極めて手っ取り早く効率の良いリクルーティングです。役員・幹部クラスの自己都合退職で発生する確率の高いリスクです。
● 不当解雇訴訟:
雇用者と労働者の関係が敵対的な状況での退職の場合、退職のプロセスでの瑕疵を突いて不当解雇を訴えるなど攻撃を仕掛けてくる可能性が高くなります。雇用側が万全なプロセスだったと認識していても、退職する労働者側の心の内側までは読みきれません。感情的なシコリが残っていれば重箱の隅をつつくような些細なことを引き合いに出して未払い残業代請求や労災の訴えを起こすケースも多く見られます。
この章ではこうした派生リスクに対して取るべき予防や解決のための対策について解説していきます。まずは下記の表をご覧ください。解雇や退職による派生リスクに対する対策を対照表にしたものです。 各対策について以下に解説してまいります。
労働者が特に遵守しなければいけないことを改めて書面にすることで、確認・認識の徹底をはかる意味合いで提出させるものです。特に入社時には、会社が労働者に守ってもらいたい事柄を最初に明確にしておくことで、後々のトラブルを防止し、労務管理がしやすくなるなどの効果が期待されます。さらに、退職後に会社の秘密事項を漏洩させないことを約束することも目的の一つです。しかし、法的な拘束力は無く、あくまでも不正やトラブルの抑止効果を期待して利用されます。
退職時に限らず社員が入社した時点から情報漏洩リスクは生じます。本人に悪意がある場合はもちろんですが、無意識のうちにダウンロードしたソフトからスパイウェアに感染する、持ち出したPCやUSBメモリを紛失するなど、様々な状況が想定されます。情報セキュリティ面において、やって良いこと悪いことのルールを厳格に定めて周知徹底することは現代の企業においては必須項目です。
ルール例
①PC・モバイル機器 持ち出し規定
②USBメモリ等管理
③私用機器類のネットワーク接続禁止
④ソフトウェアダウンロードの規定
⑤パスワード管理
⑥Web閲覧に関するルール
⑦データバックアップ
など
まず前提として、社員に貸与するパソコンの操作ログは収集・監視しなければなりません。平成29年5月施行の改正個人情報保護法に伴い改正されたガイドラインの技術的安全管理措置の中で、「PCのログ収集」や「不正ソフトウェア対策」をはじめ様々な管理手法を取り入れることによる、適切な情報管理の義務化が謳われています。ログ監視導入はいまや個人情報取り扱い事業者の避けて通れない施策のひとつとなっているのです。そして、PCログ監視の導入は社員の解雇・退職にかかる様々なリスクの防止策に少なからず寄与してくれる施策です。
操作ログは監視されているという事を社員に周知することで、社内のネットワークやPCでの不正行為は足が付くということを認識させる抑止効果が期待できます。
日頃は操作ログの収集と禁止事項のアラートで管理するのが一般的ですが、問題ある社員や退職が見込まれる社員に対し、監視頻度を高めることで、不審な動きやその予兆を事前に察知できる可能性があります。
未払い残業代請求など退職後の訴訟などで、実際の勤務実態はどうだったのかが問題になるケースがたくさんありますが、操作ログを収集監視していることで、その実態把握が容易になります。
退職確定後、貸与しているPC・タブレット・スマートフォンなどを回収しデータの複製・保全をする動きが、まだまだ少数派ではありますがジワリと増加しています。何か問題・トラブル・不正があった場合、対象者が貸与PCを使用する時間が伸びれば伸びるほど、証拠隠滅の可能性が高まります。また、回収後保全する前に操作をしたり分析を試みたりすると、後に裁判になった時に証拠能力を認められないこともありうるため、複製・保全のアクションが必要となります。何か起こってからでは過去にさかのぼってPCのデータを保全することはできません。このため退職する社員全員のPC保全をする動きが広まりつつあるのです。
「退職者が在職中に何か不正を働いていた」
「退職を勧奨した後に不穏な動きをしている」
「退職後攻撃をしてきた」
などの状況があれば、データ保全されたPCについて、削除データの復元・分析を実施します。これがフォレンジック調査です。デジタル鑑識とも呼ばれています。削除されたファイル、Eメールの履歴、PCの起動時間、インターネットの閲覧記録などそのPC利用者の行動が判明します。
インターネット上の掲示板・ホームページ等への指定されたキーワードを含む書込みや記事の公開を、24時間365日に渡って監視し続けるサービスです。会社名、商品・サービス名、人物名などのキーワードでの監視を継続することで、ネガティブ情報が書き込まれたり公開されたりしたものをいち早く察知して、拡散する前にその後のアクション (非表示化、削除要請など) に繋げるもので予防的措置に類するものになります。
こちらは既に公開され拡散してしまっている記事や掲示板への書込みを非表示化するもので、大別すると弁護士を介した削除依頼と、検索結果を人がクリックしないような下位での表示に下げさせるテクニカル手法の2つがあります。インターネットに拡散した会社に対するネガティブな書込みや誹謗中傷、機密情報の漏えいなどは放置しておけばどんどん傷口が広がります。非表示化は事後対応の方策ですが、一件一件確実に潰して風評被害が広がらないようにしなければなりません。
就業規則に明記された要件を守れず何度も指導・是正勧告されているような社員について、改善の余地なく解雇の予告や退職勧奨を実施すると、様々なリスクが顕在化する可能性が高まります。
具体的には・・・
・転職候補先として競合会社に出入りする
—– 顧客情報流出
・他の社員を巻き込もうと就業時間外でのミーティングを試みる
—– 社員引き抜き
・労働基準監督署やユニオン、労務系弁護士事務所に駆け込む
—– 不当解雇訴訟
・顧客情報や重要機密持ち出しのための情報源へのアクセス
—– 情報漏えい
などが考えられます。こうした動きを事前に察知し対策を立てられるのと、何かが起こってしまった結果を「寝耳に水」のように知らされるのでは、後の結果は大きく異なってきます。解雇・退職が大きな問題に発展することが予見される場合は、対象者の行動を監視して警戒レベルを最大限高めておく必要があります。
今、ニュースを賑わす偽装や隠蔽などの不正行為の大半が内部通報をきっかけにして明るみに出ています。上場企業に対してはコーポレートガバナンス・コードの【原則2-5.内部通報】において内部通報制度がすでに義務化されています。未上場企業についても規模による線引きはあるにしても、近い将来義務化される可能性は高いと思われます。解雇予告や退職勧奨に至るまでの過程で、対象社員の所属する部署では様々な軋轢が生じたり、人間関係がギクシャクしたり、不穏な動きが察知されたりしているはずです。こうした情報が事前に入手できれば、問題が大きくなる前の小さな芽のうちに摘み取ることができるかもしれません。内部通報制度の整備とともに、職場の不満や不安・不正の芽を社員の声から吸い上げる仕組み作りが、解雇や退職にともなうリスクを回避することにも役に立つのです。
『解雇・退職』は当事者にとってはその後の人生を左右する一大事です。一方で、雇用側から見ても貴重な戦力のダウン・組織弱体化に繋がりかねないリスクの高い事案になります。そして双方にとって極めてセンシティブで一歩間違えると大きなトラブルに発展しかねない労務アクションなのです。退職へのプロセスは極めて慎重に進めなければなりません。しかし、どんなに石橋を叩いて渡ろうとしても、さらに派生するリスクが存在する事も理解いただけたかと思います。これまで想定外だったリスクも、本記事にありますように視野を広げて捉え直す事で、未然に防げたり、問題が拡大する前に解決できたりする対策があります。これをお読みになられたのを機に、貴社の労務管理体制の棚卸しをされて、事前にできること、いざという時に使わなければならないこと、などご検討されてみてはいかがでしょうか。
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